夜の明けない街ランプタウン。この石畳とランプが彩る古めかしい街にはこんな言い伝えがあります。

「まずは願いを書きなさい。手紙に書きなさい。そうしたら玄関のランプを消しなさい。その袂に手紙を置きなさい。やがてその手紙はランプシェードに読まれ、その願いは叶うでしょう」

 しかし、その言い伝えが信じられたのも今は昔。時が経つにつれ、人々はランプシェードを忘れていきます。

 これはランプシェードと、ランプの明かりのように暖かな人々との物語。

 

              第一夜 少女とランプシェード

 

 時計の針が真上を指すと、石畳の隙間から光の粒が溢れます。その光は指先に乗るほどの大きさで、金色の光を纏っています。蛍のような光たちは緩やかに空を目指し、星になり、やがて夜を作り出します。一日に二度この現象は起ります。

これはこの街、ランプタウンの真下に眠っている夜神様が原因だと言われているのでした。だからランプタウンには朝が来ません。でもそれを不便がっている人は一人もいません。だって生れた時から夜しかないから、みんな朝がどんなものか解らないのです。

 夜しか居ないランプタウンに、ランプの明かりは必需品です。街には多くのランプ売りが車を引いて歩いています。カンラカンラと揺れるランプたちは何処か楽しげにその身を揺らしています。

 街路樹通りを歩くランプ売りのその中に、一際小柄な少女が一人います。その少女の荷車を見ると、おや、もうランプが一つ、寂しそうに揺れています。この子の名前はルビー、老舗のランプ店ガーネットの看板娘です。今宵もランプたちはあっという間に売れてしまったようです。ほら、最後の一つもお客さんの手に渡っていきました。ルビーは笑顔を、一杯に咲かせながら家路を辿るのでした。

 赤レンガに包まれた大きな家、屋根には立派な煙突が、えっへんと自己主張をしています。そしてその煙突に負けず劣らず大きな看板、ガーネットと書かれた翠色の鉄の板。遠くから見ても一目瞭然、ここがルビーの帰る暖かな家です。

「ただいまっ!」

 ルビーは荷車を表に止めると、元気一杯に家に飛び込みました。さっきの大きなただいまを聞いて、家の奥から優しそうなお婆さんが出てきました。ルビーはそのお婆さんに走って行くとぎゅぅ、と抱きしめます。お婆さんもその小さなルビーの身体を優しく抱きしめ返しました。

「おかえり。ルビー、今日もありがとう、よくがんばったね」

 お婆さんはルビーの頭を愛おしく何度も、何度もゆっくりと撫でました。ルビーは猫のように気持ちよさそうに、その愛を感じています。

 このお婆さんがガーネット、このランプ店ガーネットの店主であり、ただ一人の職人で、ルビーのお婆さんです。ガーネットお婆さんが作るランプは大人気です。その外観は丁寧かつ繊細で、なによりランプの灯を点けていないのに暖かさを感じるような、作り手の愛情や優しさが宿っているかのような素敵なランプなのです。

「おばあちゃん、今日もあのお話聞かせてっ!」

 外のランプたちが眠る頃、街の人々も眠りにつきます。ルビーはいつも眠る前に、ガーネットお婆さんのお話を聞くのをとても楽しみにしています。

 ベッドの上でもふもふと布団に包まるルビーは、ワクワクとガーネットお婆さんの話を待っています。

「今日もまた、あの話でいいのかい?」

 ガーネットお婆さんは、ベッドの横、ルビーの顔がよく見える位置で、椅子に座りながらルビーに聞きました。

「いいのっ! あの話がい〜ちばんっ好きなの〜」

 おやおやと、ガーネットお婆さんは言いながら、部屋の明かりを少し落とします。そして始まるのは、今はもう忘れられてきた昔話。

 

 昔々、あるところにそれは仲のいい王様とお姫様がいました。その二人は全ての国民に愛されていました。ですがある時、王様は恐ろしい病に罹ってしまいました。どんな魔法もどんな医術もそれを治すことのできない、死の病でした。

 国民は皆で涙を流し、その死を嘆きました。ですが、お姫様はまだ希望を捨ててはいませんでした。この国に古くから伝わる伝承、ランプシェードという精霊を呼び、その願いを叶えてもらう。

 お姫様はその伝承に賭けたのです。願いをしたためた手紙を、消したランプの下に置きました。するとその夜、ランプシェードが現れ王様の病を取り去ったのです。国民達は国を挙げてその日を祝い、お姫様と王様は幸せに暮らしました。めでたし、めでたし。

 

「すぅ…すぅ…」

 見れば心休まる緩やかな寝顔がそこにありました。いったい何処まで聞けていたのやら。

「おやすみ…ルビー」

 ガーネットお婆さんは優しく微笑むと、月明かり優しい子供部屋を後にしました。

 やがて赤い月が下って紅夜が終わり、青い月が昇って蒼夜が来ます。蒼夜は一日の始まりを教えてくれる夜、群青に染まる空は夜なのに清々しいものです。その清々しい夜の蒼い光が、カーテンの間をするりとくぐりルビーの部屋一杯に差し込みます。淡く蒼い光に一日の始まりを感じるランプタウンの人々はみんな一様に、目を覚ますのでした。

 ルビーは蒼い光に誘われて眼を覚まします。ベッドの上でくぁ〜と一つ欠伸をつくと、のそのそと部屋を出ます。

 フローリングの床をカツカツと、ルビーの木靴が音をならします。ルビーは、部屋の扉のその横に備え付けられているランプに、これまた部屋の扉の横に置いてある小さな引き出しからマッチを取り出し、火を灯します。ほう、とほんのり優しく、橙色の光が廊下に満ち溢れました。

 ルビーは目を擦りながら、少しまだ眠たげに手すりに掴まりながら、ゆっくり階段を降りていきます。

 一階のリビングに降りたところで、少し、ルビーは異変に気付きました。

「おばあちゃん?」

 おかしい、いつもならおばあちゃんの料理の音がコトコトと聞こえてくるはずなのに、ルビーは首を傾げます。

「まだ、寝てるのかな?」

 ルビーは、もう感じ取っていました。それは予感です。怖い怖い予感。でも怖くて仕方ないから独り言をたくさん言います。

 壁伝いに恐る恐る、ルビーはキッチンのほうに向かいます。カツカツと、床を鳴らす木靴の音は心なしか弱々しく、部屋もなんだかいつもより寒く感じます。

「おばあちゃん?」

 ルビーはゆっくりと、キッチンの中を覗き見ました。するとそこには・・・

「おばあちゃんっ!」

 キッチンの机の上には調理を待つ食材たち、火にかけられたやかんは黙々とその温度を上げています。そしてキッチンの床には横たわるガーネットお婆さんの姿があったのです。

 ルビーは泣き出しそうに顔をゆがめながらガーネットお婆さんのもとに駆け寄ります。おばあちゃん、おばあちゃん、とガーネットお婆さんの体を揺すり必死にルビーは呼びかけます。だけど、だけれども、ガーネットお婆さんはまったく目を覚ましません。

 ルビーの瞳からは堰を切って涙が溢れます。ガーネットお婆さんの上に置かれた手を、きゅうとルビーは握り締めます。いよいよおばあちゃんと呼ぶ声も無くなって、キッチンにはルビーの泣き声が響き渡ります。

 そのときです、十分に熱されたやかんは大きな声でピーと湯気を上げながら叫んだのです。その音に、ルビーは吃驚して、はっとして、二度ほど瞬きをしました。やがて、ルビーは硬く手を握って、ぐしぐしと涙を拭いました。

 ここでこのまま泣いていても、何一つ前に進まないぞ、今はもうお星様になってしまったお父さんの言葉がルビーの中を駆け抜けました。

 すっくとルビーは立ち上がり、弾かれるように駆け出しました。リビングを抜け、廊下を走り、ぶつかるように扉を開け放ちます、扉についている鐘がチリンと大きく鳴り響きます。

 ルビーは走ります、一生懸命に息を切らし、腕が痺れたってがまんして、一心に走ります。頼れるのは、この事態を何とかしてくれるのは、ガーネットお婆さんの親戚、トパーズおじさんしかいない、ルビーはそう考えたのでした。

 蒼夜の清々しい空気を切り裂きながら、ルビーはまだ誰も居ない街路樹通りを駆け抜けます。走りにくい木靴はガコッガコッと大きく音をならし、ルビーは石畳に蹴躓いてしまいました。おまけに靴も脱げて、少し壊れてしまったようです。ルビーは靴を省みずそのまま走り出しました。

 そしてようやくトパーズさんの病院にたどり着いたのでした。

「トパーズさんっ! トパーズおじさん!」

 ルビーは玄関の扉をその小さな両の手を握って必死に叩きました。なんども、なんどもです。そして、トパーズさんの家でもある病院の中から慌しい足音が聞こえてきました。

 がちゃっといかにも慌てた音で玄関の扉が開くと、そこには息を切らしたトパーズさんが立っていました。

「どうしたんだい! こんな早い、まだ夜が蒼いうちに」

 ルビーはトパーズさんの顔を見たとたんに泣きそうになりました、でもそれでは何があったかを話せなくなる、ぐっと涙を堪えて、トパーズさんに事の経緯を話しました。

 

 

 あれから、トパーズさんはすぐにガーネットお婆さんの許へ駆けつけました。夜降虫を燃料に走る新型の車でルビーを連れて大急ぎです。

 トパーズさんの診断では、ガーネットお婆さんはこの病にもう随分と昔から罹っていたようで、ここまで何事も無かったことが既に奇跡だといいました。

 おそらく、次の紅夜を越えられない、それが結論だったようです。トパーズさんはルビーに、はっきりとガーネットお婆さんが死ぬとは言いませんでした。言えませんでした。ルビーはきっと理解出来ないだろうという気持ちもあったし、自分の口から親しいガーネットお婆さんが死ぬと言う事が、トパーズさんもやっぱり怖かったのです。

 でも、ルビーは理解していました。人が死ぬという事、ルビーのお父さんとお母さんが亡くなった日、幼いながらも理解していたのです。

 だからルビーはガーネットお婆さんのベッドの傍を離れられずにいました。いつもとは逆、ガーネットお婆さんが御伽噺を聞かせてくれるその位置に、ルビーは座りながらお婆さんの手を握っていました。

「ランプシェード・・・」

 ルビーはガーネットお婆さんの御伽噺を思い出すと、ぽつりとそう呟きました。その瞬間、ルビーの瞳にランプの火が宿ったように強い意思が輝いたのです。

 ルビーはガーネットお婆さんの部屋を飛び出しました、医療器具を運ぶトパーズさんとすれ違い、リビングを抜け、階段を駆け上がり、ルビーの部屋へと飛び入りました。

 明るい蒼が差し込む部屋で、ルビーは紙とペン、そして封筒を探します。ほんのりと明るい部屋の中で、願いをかけて、祈りを持って、紙にペンを走らせます。そして、純粋な願いによって綴られた、少し拙い一枚の手紙が出来上がりました。

 ルビーは手紙を封筒に入れながらトントントントンと階段をくだり、リビングからビリヤードのキューの様な形をしたランプ消しを一つ持っていくと玄関に向かって走ります。

 チリチリン。玄関の扉を開くと、扉の上には玄関を煌々と照らす大きなランプが一つ、自信満々に輝いています。

 ルビーは右手に持っている手紙を口に銜えると左手に持っているランプ消しを両手で持ち、ランプの底の鍵穴のような場所に差し込むと、傘を開く要領で長い鉄の取っ手を操作しました。するとランプの火はしゅんと消えてなくなり、世界はとたんに蒼を取り戻しました。

 ルビーは口に銜えていた手紙を玄関のランプの下にそっと置きました。

「ランプシェードさん・・・お願いします。おばあちゃんを助けて・・・!」

 願いを一つ、しっかりとこめると、ルビーは玄関の扉を静かに閉じました。

 どれくらい時間がたったでしょう。

 青い月が傾いて、赤い月が地平線の彼方から少し顔を覗かせる頃。カーテンを閉め切ってランプのオレンジが満ちる部屋で、泣き疲れたルビーがガーネットお婆さんに寄り添うように眠っています。

 ―――コンコンッ。

 窓を叩く音が聞こえます。風が窓を叩く音とは少し違う、誰かが窓を叩く音。でもルビーは目を覚ましません。

 ―――コンコンコンッ。

 また静かに窓を叩く音。耳を澄ませばなにやら声も聞こえるような気がします。

 その声はルビーには届いたのでしょう。ルビーは暖かなオレンジの中、ゆるゆると目を擦りながら目を覚ましたのです。

 なんだろう? 窓を人が叩くことなんて普通ありません。だけど子供のルビーには怖いという気持ちは無かったのです。

 ―――コンコンコンッ。

 今度はっきりと聞こえました。窓を叩く人の声が。声は開けてください言っているようでした。

 その声は優しく、暖かく、まるで大好きなランプのようなのでした。

「今、開けるよ」

 ルビーは何の疑問も、怖さも抱かず窓にゆっくりと近づくと、さあっとカーテンを開けたのです。

 しかしそこには誰もいなかったのでした。

「あれぇ?」

 ルビーは首を傾げました。どうして誰もいないのだろう? 考えても答えは出そうにありません。その時です。

「どうも、はじめまして。あなたがルビーさんですね?」

 声はルビーの後ろ、部屋の入り口から聞こえてきたのです。

 ルビーは振り返ります。そこには男の子が一人、静かに立っていました。タキシードに黒いマント。マントの裏地は暖炉の炎のように赤くてとても綺麗です。

 そしてシルクハットを外しながら男の子は礼をしました。

「僕はランプシェード。正義の怪盗です」

 はたして、その男の子はランプシェードなのでした。r

「あなたがランプシェード! お願い! おばあちゃんを助けて!」

 ルビーの心はおもちゃ箱のようになっていました。驚いたり、嬉しかったり、心を片付けられません。でもたった一つ確かなのは、ガーネットお婆さんを助けたいという事です。

 ぱたぱたと、ルビーはランプシェードに駆け寄って抱きつきました。その目からは涙が流れています。

「おやおや。なんて純真で素直な子なんだ。いいですよ、あなたの願いを叶えましょう」

 ランプシェードはルビーの頭を優しくなでます。ガーネットお婆さんがルビーにしたように。

 ルビーは顔を上げます。涙がはらりと流れて止まりそうにありません。

「ほんとう?」

 真っ直ぐと、二人の視線は交わりました。ランプシェードは目をそらさずに答えます。

「本当です。ただし、僕は魔法の妖精ではありません。あくまで正義の怪盗です。僕が出来るのは盗むことで願いを叶えることではありません。そして」

 ランプシェードは目を瞑りました。少し考えを巡らせて、もう一度真っ直ぐルビーの目を見つめました。

「報酬を貰わなければなりません。それでもいいですか?」

 きっとルビーなんの事かさっぱり分かっていなかったでしょう。それでも、ガーネットお婆さんが助かるなら何があってもいいと思ったのです。

「いいよ、だからお願い! お願いします」

 そして二人の間に契約が成立したのでした。

 

 静かな、今にも消え入りそうなロウソクの様に静かな寝室に、ルビーとランプシェードはいました。トパーズおじさんは別の部屋で何やら薬を作っているようでした。

「ガーネットさん、あなたのお孫さんはとっても良い子ですね。きっと世界で一番貴女の事を思っている人なのでしょう。まったく、あなたは幸せ者だ」

 ランプシェードはガーネットお婆さんの手を握り締めて、その存在を確かめるように話しかけました。

「きっと此処で貴女が助かっても、後数年でお迎えが来るでしょう。それでも構わないのですか? たとえ明日、貴女が死んだとしても、私は責任をとれません。それでも」

 ランプシェードは目を閉じて、耳を澄ませるようにおばあさんに耳を傾けます。

「いいでしょう。分かりました。」

 ランプシェードにはガーネットお婆さんの声が聞こえたのでしょう。さっきまでの優しい顔から、真剣な顔に変わっていました。そして、ルビーを部屋の隅へと下がらせると、ランプシェードはマントの中から大きな大きな鎌を取り出したのです。

「いいですか? ルビー。僕はこれからこの鎌でガーネットさんを刈ります。でもどうか僕のことを信じてください。決して止めたり近づかないでください」

 ルビーは力いっぱい頷きました。大きな鎌は禍々しくて、とってもとっても怖いけれど、ルビーは信じていたのです。御伽噺のランプシェードを。

 そしてランプシェードは大鎌をガーネットお婆さんに振り下ろしました。大鎌はまったく音がしませんでした。

 振り下ろす音も、何かを切り裂いた音も。まるで夜のように静かに、その鎌は振り下ろされたのです。

 時計の針だけがこの部屋の中で音を立てているようでした。

 

 カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。

 

 その時です、音が聞こえました。瞼の開く音が。

「私は…本当に?」

 なんとガーネットお婆さんが目を覚ましたのです。ガーネットお婆さんはまだ夢の中を泳ぐような、ふわふわした意識でランプシェードを見つけました。

「あなたがさっき話しかけてきた…」

 ランプシェードはシルクハットを胸に当てながら礼をしました。

「ええ、そうです。僕の名前はランプシェード。正義の怪盗です」

 ランプシェードは優しく微笑みました。ランプの明かりが作り出す淡い陰のような優しさがそこにありました。

「おばあちゃあぁん! よかったあぁ」

 ルビーは泣きながらガーネットお婆さんに走りよって抱きつきました。ガーネットお婆さんの胸に顔を埋めて、大きな声で泣いています。

 ランプシェードはシルクハットをかぶり、二人の様子をしばらく嬉しそうに眺めていました。しかし、ランプシェードは急に顔をの表情を変えてこんなことを言ったのです。

「さて、もうしばらくこの空気を楽しみたいところですが、しかたありません。名残惜しいですが頂くものは頂きますよ」

 ランプシェードは二人からほんの少し遠ざかりました。

「ルビーさん。約束どおり貴女には報酬を支払ってもらいます」

 それを聞いてガーネットお婆さんは身構えました。ルビーを守るように抱きしめます。

「それは私が払うわけにはいかないのかい?」

 ガーネットお婆さんはランプシェードを見つめます。

「駄目ですね。あくまでこれは僕とルビーさんとの間で交わした契約です。契約内容は」

 ランプシェードはマントの中から黒くてぐねぐねとうごめく何かを取り出しました。

「ここにあるガーネットお婆さんの病を盗むこと。そしてその報酬は…」

 ガーネットお婆さんは息を呑みます。死に至る病を盗む、その報酬がいったいどんなものなのか想像も出来ないからです。

 ガーネットお婆さんはルビーを強く抱きしめます。ルビーはランプシェードの瞳を見つめていました。

「ルビー。貴女の歴史を頂きます」

 ルビーは首を傾げます。

「どうすればいいの?」

 ランプシェードはガーネットお婆さんの病の塊をマントにしまいました。マントの赤い裏地が水面のように揺らぐと、病の塊は音もなく吸い込まれてしまいました。

 そして一息つくと、その報酬の詳しい内容をルビーに告げたのです。

「簡単なことです。今から貴女がガーネットさんと歩む歴史は、本来なら訪れるはずのない未来です。私はそんな貴女が歩む未来がどんなものだったのか聞きたいだけなんですよ。十年後に私が貴女の元に訪れたときに聞かせてください。幸せな貴女とガーネットさんの歴史を」

 ルビーは力いっぱい頷きました。またランプシェードにあえるのが嬉しかったからです。

「ありがとうございます。本当に、本当にありがとう」

 ガーネットお婆さんは何度も何度もランプシェードにお礼を言いました。そして不意に窓が開かれたと時、ランプシェードはランプの火が消えるように、ふっと消えてしまったのでした。

 

 それから数日後、ガーネットランプ店には活気が戻っていました。ルビーとガーネットお婆さんは前にも増して幸せそうです。

 そしてこのランプ店には新しい商品が出来ていました。ランプの周りに傘をつけたのです。暖かな火を守るような、そしてその影のふんわりとした優しさは彼に似ていました。

 ランプシェードに。

 

 

 
inserted by FC2 system